1970年から、新商品開発・マーケティングの人材育成のセミナー・コンサルティングと新商品開発戦略、新商品開発システム革新の仕事を続けています。

日本オリエンテーションは、マーケティングをR&Dする事務所です。
考えるヒント:メルマガ「SDP:Sensory Design Program−感性価値設計開発研究所」

【SDP:Sensory Design Program メルマガ】第42号

配信日:2016年1月5日

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■■■        官能開発のメールマガジン
■□■   ≪SDP*研究所メールマガジン≫
■□■     発行者:日本オリエンテーション
■□■       毎月1日発行(創刊 2012/08/01)
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■□SDPメールマガジン No.42 □■
官能を使って価値を開発する【官能開発】のメールマガジンです。日本オリエンテーションSDP研究所客員研究員 大西正巳(元サントリー)、高橋正二郎(元資生堂)、日本オリエンテーション主宰松本勝英の共同メルマガで、お陰さまをもちまして、また新しい年を迎え通号で42号になりました。

◆INDEX
1.『匂いの風景を楽しむ』大西正巳
過去に経験した特定のにおいを嗅ぐと記憶や当時の感情が呼び起こされる現象を無意識的記憶(プルースト現象)と言いますが、個々人のみならずメーカーにも特別な“におい”が記憶されていると思います。

2.『シフターの視覚化を支える定量化』高橋正二郎
シフターの特性は視覚化による記述力で、その視覚化の多くは定量化を介しています。定量化を介しないものやシフター自体がまだ不十分な分野もあります。QDAの記述力を維持確保するには、定量的な要素の研鑽を励むことです。

■『匂いの風景を楽しむ』大西正巳
においには慣れが生じますが、様々に入ってくる脳での情報処理を効率的に行うためと言われています。また外敵や獲物のにおいを嗅ぎ取るために自分の臭いは感じないようにするという本能的な作用もあるようです。昨今は生活空間に香り型製品が溢れている一方で無臭志向も根強く、スメル・ハラスメントが話題になることもあります。“匂い/臭い”に対する意識と感覚がより重要になってきましたが、官能経験を積みながら香りの質・バランスをうまく評価し、どのようにマネジメントしていくかが重要だと思います。
全国の小学校157校では「味覚の一週間」というシェフや板前、パティシエによる授業が毎年秋に開かれます(朝日新聞:2015.11.1)。味覚の基本的な練習やリンゴの生、果汁、乾燥、すりおろしなどの味や香り、食感の違いを学習させて識別力を高めるのが狙いです。味に対して受け身にならず、意識し分析する姿勢を学ぶだけでも効果があるそうです。そして製品化された馴染みの味に安住すると、微妙な風味を感じとろうとしなくなり、新しい味覚に出会う道を閉ざしてしまうと指摘しています。講師のひとり、フランス人シェフのトロション氏は、音楽に例えて音を正確に聴き取ったり楽譜を読んだりする能力を育む訓練と定め「交響曲を美しいと感じるだけならそのような訓練は不要です。でも身につければもっと深い意味が分かります」と述べています。この指摘は感覚全体の捉え方と色々な官能経験の必要性を考える上で参考になります。
さて個人的な余談ですが、子供の頃に経験したプルースト的な香りに少し触れたいと思います。保育所時代からウイスキー蒸溜所の敷地内の社宅に住んでいましたので、四季ごとのウイスキーの製造工程から漂う匂いに囲まれていました。現在では許されませんが、空樽置き場は格好の遊び場でしたので様々なタイプの樽が放つ熟成されたウイスキーの華やかな香りは子供心にも惹かれたものです。そしてその香りに共通する匂い、特にエステリー/フルーティな芳香、バニラ様の香り、香ばしく甘い匂いなどには他の場所でも敏感になりました。また小学生の頃、匂い付きの消しゴムが流行りましたが、現在の柔軟剤のような濃厚で持続性ある香りではなく、スーッとする爽やかさと甘いマイルドな香りで“香水”のように大切に扱いました。特定の匂いを嗅ぎながら何かを暗記することにより試験などの本番でその匂いを嗅ぐと必要な記憶が呼び起こされるのがプルースト効果だと言われています。小学生のテストでも匂い付きの消しゴムで調査すると正答率を高める結果を得たと報告されていますが、当時は知る由もありませんでした。
現在、酒類メーカーだけでなく色々な業種の工場見学が人気ですが、知識を得るだけでなく五感を刺激する大きな機会になると思います。今後、身近な自然や多様な空間のにおい風景を積極的に楽しみ、そして記憶するだけでなく感覚的/感性的な“匂い”を意識的に発する1年にしていきませんか。

■『シフターの視覚化を支える定量化』高橋正二郎
前回取り上げたシフターをもう一度考えてみます。シフターは扱いにくいものを扱いやすくする媒体で、近代化や科学化を推進する大きな助けになってきました。この扱いにくいものを扱いやすくする工夫の起源は古く、近代化や科学化が萌芽する前から試みが続けられていました。その最初の試みはお金と時間だと言われています。お金は複式簿記の発明を、時間は機械時計の開発をそれぞれ催促させましたが、いずれも近代化や科学化の魁となるものです。
ルネサンス期に入り、ユークリッド幾何学の研究が盛んになると幾何学的な思考により遠近法が生み出され、その結果地図や縮尺図面が作成されました。これらのことは、もともと眼に見えることがらが対象でしたが、一枚の紙の上に見やすく記すという意味の視覚化でした。この表現をもとに大きいものは大きく、小さいものは小さくという幾何学的な考え方は、大きいものや量の多いもの、更には程度の強いものを目盛りの上位へ振るという表し方が考案されました。デカルトの座標のような考え方です。これにより、眼に見えないものを視覚化する一般化の方法が確立されたと考えられます。私たちが利用しているQDAも、まさにこの考え方に則しています。
このような視覚化が確立される以前から視覚化が取り組まれていて、しかも幾何学的な考え方を超越した視覚化があります。音楽の楽譜です。西洋音楽の起源ともいわれるグレゴリオ聖歌はその名の通りグレゴリオ1世の手で600年ごろ成立をしましたが、そのころは音楽を適切に書きとめる方法はありませんでした。同じ時代に生きた聖イシドルスは「人間が記憶をしていない限り、音は消えてしまうだろう」と嘆いたそうです。始めは歌詞の上下にアクセント記号のようなものを記入していましたが、曲数が増え、音楽の形式も進化すると必要に迫られ音符が発明、改良されました。その音符の発明される過程では、長い音と短い音の関係を、短い音3つで長い音1つに相当させる方法などが考えられましたが、二分音符や四分音符という2進法的な表記に収束していったようです。また、数学のゼロの発見に相当する画期的な概念の「休符」も考案され、二拍子や三拍子も明確になってきました。こうして完成された楽譜は「リストが初見で」ということが可能になるほどの再現性をもつ媒体、つまりシフターになったわけです。
五感で感じられることがらの多くは客観的で数量的な取り扱いが難しく、視覚化に向けたシフターの開発を続けてきました。音楽という聴覚の分野の視覚化は音符というシフターによって解決されました。また、味覚、嗅覚、触覚で感じられることがらは、官能評価の王道であるQDAというシフターで視覚化されています。ただ、私どもが商品開発の感性価値開発の場面では、視覚化しきれない感性価値がまだ多く残されています。
例えば、イメージという視覚的なことがらです。マーケティングの場では、ブランド・イメージとかパッケージ・イメージということがらです。イメージというと視覚的であることから、つい視覚化が完備していると勘違いしそうですが、コンセプトからビジュアル・イメージへ展開をするとき、不完全燃焼に苛まされることが多いと思います。伝達力のみならず展開力の強靭なシフターの出現を待ち望んでいるところです。
そこで、QDA(Quantitative Descriptive Analysis Method)をこの流れを意識しながら再考してみましょう。QDAは、まさに定量的(Quantitative)という工程を通じて視覚化が確保されています。目盛りの上に基準品を置くことによって尺度が構成され、その処理を通じて官能用語自体の概念も鮮明になっていきます。用語や尺度の精度を高め、シフターとしての記述力や表現力を確実なものにするためには、日々基準品に向き合い吟味し続ける姿勢が大切だと考えます。

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◆皆さんのご意見、投稿大歓迎です。お待ちしています。
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≪SDP研究所メンバー紹介≫
■■大西正巳(おおにしまさみ)
◆サントリー(株)山崎蒸溜所・工場長、ブレンダー室長を歴任し、主に蒸溜酒の商品開発と技術開発を34年間担当。◆サントリー退社後、洋酒研究家及び酒類、食品の官能評価、品質開発、技術開発のコンサルタントとして独立。現在、鹿児島大学・農学部・非常勤講師を兼務。◆「おいしさ」を官能により評価すること、そして魅力的な「おいしさ」をデザインし、開発することを主テーマとして取り組んでいます。

■■高橋正二郎(たかはししょうじろう)
◆(株)資生堂で商品開発、官能評価、市場調査を担当。「データは手羽先」というスローガンを掲げ、鳥瞰的な統計理論の活用に加え、虫視的な生活観察と官能検査の考え方を導入し、商品開発に直結したデータマイニングを追求してきた。◆現在は、官能評価の創造的活用により、味覚・嗅覚・触覚に関わる感性価値の開発を中心にコンサルタントやセミナーで活動中。◆究極の目標として「触覚の美学」を掲げるも、道半ば。

■■まつもとかつひで
◆シーメンスを経て、1970年マーケティング・コンサルティングを業務とする(株)日本オリエンテーションを設立。 ◆食品、トイレタリー商品、薬品、家電商品、ミュージシャン、出版など、パッケージ商品、耐久消費財およびサービス商品のマーケティング、新商品戦略の立案を担当。「商品開発プログラムのたて方36時間」セミナーを33年に渡って講演、3000人以上の受講者がいる。 コンサルタント歴は、毎年10〜15プロジェクトを指導。今までに300社以上の商品開発戦略、商品コンセプト開発、商品開発システムの革新を担当。◆現在、文化人類学、動物行動学、神経生理学、民族学、言語学などを統合した「新人間学」とマーケティング戦略との融合を追及中。

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■□■「SDPメルマガ」
■■■ 第42号(2016/01/05) (c) 2012Japan Orientation
■□■ 発行者 日本オリエンテーション 大西・高橋・松本
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